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小説版


補足というかこの部分の小説バージョンです。
中央政府の風景とか絵で描けなかったし、説明部分がこのあたりすっごく長くなりそうだったので、ちょっと小説版で補足のようなものを……。
なるべくマンガを読むだけで分かるようにしたいけど、マンガで描ききれないところがあるかもしれないので、もし良ろしければ……参考までに。
(マンガとちょっと設定が違うとことか、今後変更になる部分があるかもしれないです)



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  6  

 中央政府は"中央"とはいっても、主要都市からはかなりかけ離れたところに位置している。主に対幻機関に従事する人材が出入りしたり、対幻用の並々ならぬ兵器を開発・実験したり、一般人に危害を加える可能性のあるサイキックを取り締まったりと、その役割は、およそ世間の常識からは大きく外れているため、あまり人目につかない場所に立地されたのだ。
 ただ、異様に馬鹿でかい敷地面積を誇るため、通常であればいくら辺境といえども目立ってしまうのは避けられないはずだった。
 しかし、それに至っては特殊な不可視バリケード《PSI仕様》を全方位に設置させることで、一般人には一見何もないような場所に見えるという若干ご都合主義的な防御を施しており、今のところ《PSI》も使えないような一般人に、事が発覚するような事態には至っていない。
 そもそも他には何もないような辺境に、わざわざ興味本位で近づく者もいなかったし、ごく稀に噂を聞きつけてやって来るような輩は、だいたいが中央政府に反感をいだく《PSI》を悪用しているような連中か、たまたまそこに出現したようなファントムなどだった。
 しかし対幻機関の中心部である中央政府の守りは鉄壁であり、それらの刺客はことごとく返り討ちにあっていた。
 もちろん、サクヤの組織《ゴールドブレット》もその功績に貢献している機関の一つであり、サクヤの司令の元、隊員達が中央政府の守りをすることは度々あった。
 とはいっても、司令塔のサクヤ自身が中央政府まで出向くことは滅多になく、それはサクヤがこの場所をあまり快く思っていないことに起因していた。
「……チッ、ここはまるで変わらないな」
 サクヤは小さく舌打ちをした。幹部会が開かれるという緊急事態なのだから、仕方ないという思いはあったが、実際にここまで来ると、サクヤはあまりいい気がしなかった。
 わずかな嫌悪感を抑えつつ、中央政府の広大な敷地を囲う天高く伸びるバリケード、その正面玄関へと近づいて行く。
「……くッ、これ毎回思うんだが、もう少し低くはできないのかよ」
 サクヤは、正面玄関を開くためのパスワードを入力する電子装置に、精一杯手を伸ばしながら愚痴った。この玄関は関係者以外の侵入を防ぐため、第一段階としてパスワード形式のゲートが設置されているわけだが、そのパスワードを入力する電子装置は一般的な大人の目線の高さほどにあり、十二歳という年齢でも、背は割と低いほうであるサクヤにとっては、まず電子装置に手を伸ばすこと自体が《第ゼロ段階のセキュリティー対策》のように思えた。
 ――ピ。という電子音が、ほとんど上を見れない程ギリギリに手を伸ばした状態で聞こえたところで、サクヤはそのまま指の感触だけで、完璧に記憶している三十四桁の数字コードを入力した。無駄に長い桁数であるあたりが万全を期しているつもりなのだろうが、おかげで手がつりそうだった。しかしその甲斐もあって、まもなく正面玄関ゲートは開錠のブザーを響かせながら、大きく開かれ始めた。
「ちょっと君! 待ちなさい!」
 サクヤが開かれた正面玄関から、敷地内に足を踏み入れようとしたところで、男の叫ぶ声が聞こえた。声のしたほうを見ると、念のため正面玄関横に作られている守衛室から、武装した 一人の衛兵が出てきているところだった。
「君! 一体どこの子だ! ここは子供の来るところじゃないぞ! ……ゲートが開くなんて、まさか解除コードを知っているとは考えられないし、どうせデタラメに押してみたんだろう!」
 若い衛兵は近づきながら、サクヤに向かって怒号を飛ばした。どうやらサクヤの行動を、ただの子供の偶然のイタズラととったらしい。もともと、機嫌がいいとは言えない気分だったサクヤにとって、それは少しカチンと頭にくるものだった。
「おい、お前どこの機関の奴だ? 私のことを知らないっつーことは、相当の新人、もしくは末端か? てめぇの上官どこだ。呼べ」
 普通の子供とは思えないほどのサクヤの威圧的な雰囲気と物言いに、衛兵は一瞬たじろいだようにも見えた。
 しかし、それも一時的なもので、見た目はどうみてもただのちっちゃい子供であるだけのサクヤに、衛兵はすぐに気を取り直したようで、さらに怒ったように口を開きかけた。ただ、それから何か言いかけた言葉は、また別の声によって遮られてしまう。
「あ……!? これはこれは、比奈瀬司令じゃないですか! 珍しいですね、中央政府に姿をお見せになるなんて!」
 守衛室から出てきた別の衛兵が言った。その衛兵は、サクヤも顔を見たことはあったが、名前までは覚えていない衛兵だった。しかし向こうはしっかりとサクヤのことを知っていたようだ。
「……え。比奈瀬……司令? あの《ゴールドブレット》の……? この子、あ、いや、この方が……!?」
 先に出てきた衛兵は、ポカンとした表情でサクヤを見つめた。一応サクヤの名前だけは聞いたことがあったようだが、こんなにちっちゃい子供だということは全く想定していなかったようで、彼はほとんど呆然としながら、そこに突っ立っていた。
「そうだぞ……お前、まさか知らなかったのか? ……申し訳ありません、比奈瀬司令。こいつまだ新人なものでして……何か失礼がありましたか?」
 後から出てきた衛兵は、どうやら新人衛兵の指導役であるらしく、呆然としている部下の代わりに謝罪し、サクヤを気遣った。その丁寧な対応に、サクヤの機嫌も少し直る。
「うん……まぁいいだろう。初めて会う奴は、だいたいがこういう反応だからな。新人っつーことだし、今回は大目にみることにする」
「……この方が……若くして司令官の地位に就き、しかも《破壊王》との異名を持つほどの暴れっぷりで恐れられているあの……?」
 せっかく指導役の衛兵が代わりに謝罪したというのに、新人衛兵は、今度はおよそ噂で耳にしたであろう評判をブツブツと独り言のように言っていた。否定はできないが、かなり偏った評判でもある。
「おい、お前……大概失礼な奴だな」
 サクヤは呆れながら呟いた。確かに、いろいろと建物をぶっ壊す武勇伝が多いことは否定できないが、それ以上に良い功績だってたくさん残しているはずだ。なのにサクヤの名前を聞くなり《破壊王》呼ばわりとは――……まぁそういう通り名で呼ばれることは実は多かったりもするが――なかなかいい度胸である。
「あ、いえ! そんなつもりでは……! 申し訳ありません比奈瀬司令!」
「まーいいけど。それよりもう私の顔は覚えただろ? 次は子供扱いするなよ」
 これ以上正面玄関で時間をとっていても仕方がないので、サクヤは最後にそれだけ念を押し、ゲートを進むことにした。しかし一歩踏み出したところで、ふと思い留まることがあり、すでにサクヤを見送るための敬礼をしていた二人の衛兵を振り返った。
「おい――それと、そのパスワード入力する装置なんだけど――高すぎるぞ。せめて踏み台置いといてくれよ」
 二人の衛兵は一瞬目をぱちくりとさせ、すぐに顔を見合わせた。その後で、「了解しました」と言いながらちょっと笑いを堪えているように見えたのは、サクヤの気のせいだっただろうか。
 だって届かないんだから仕方ないだろ……。と思ったが、子供扱いするなと言った手前、口には出さず、そのまま正面ゲートを突っ切った。

             *

 中央政府対幻機関は、その広大な敷地の中で大きく五つの主だった部署から成り立っている。 五角形をした巨大な建物に、それぞれの頂点部分には五つの巨大な塔が建っており、それぞれの塔は、その役割ごとの部署に分れていた。
 その塔ないし部署のまず一つ目が「ファントム討伐・対策部署」というものだ。"幻影の脅威"とされるファントムを感知・討伐するのが主な役割であり、サクヤ率いる《ゴールドブレット》も、この目的から結成された組織である。
 次に二つ目が「《対幻武器》研究・開発部署」。ここはファントムに対抗するための武器や兵器を研究し、開発している部署だ。「対幻」という概念は非常に難しく専門的なため、この部署は人員がなかなか増えず、《対幻武器》の開発は思うように進んでいないというのが現状らしい。
 そして三つ目が「危険サイキック取締り部署」。《PSI》を悪用し、一般人に危害が及ぶ可能性があるサイキックを、文字通り取り締まる部署だ。ファントムと分けて部署が結成されているのは、それぞれが起こす事件数が多いためと、完全に幻であるファントムと生身の人間であるサイキックを一応差別化しているからでもある。
 四つ目が「《PSI》幻影事故対策部署」。ここは対幻機関の中で最も地味な部署と言ってもいいだろう。ファントムや《PSI》などが原因で起こった事件や事故の後処理を行ったり、そういった存在が世間に漏れたりしないよう、普段から情報操作に奮闘している部署との事だ。
 そして最後の五つ目――。その部署は中央政府対幻機関の中でも、ほとんど上層部の人間しか、その内容を知らないような、極秘運営されている部署だった。名前も「極秘部署」とか「第五の部署」と呼ばれるだけで、大多数の中央政府の人間がその役割を全く知らされていない。
 五角形の建物の中でもこの部署の塔へと続く扉にだけは、かなりの高セキュリティー体制がしかれており、他の四つの塔へは自由に行き来できることに比べ、この五つ目の塔だけは、限られた人間以外決して入ることは許されない、開かずの間のような場所になっていた。
 サクヤはこれまでに、ファントム討伐・対策部署の他、二つの部署に籍をおいたことがあった。いくつかの部署に属した経験があるという事は、非常に重要な知識とスキルになり、今後の任務にも生かされてくる。能力を見込まれた優秀な人材ほど、様々な部署を経験するとも言われていた。ちなみに《ゴールドブレット》の情報収集処理部隊・部隊長を務める千田は、以前《PSI》幻影事故対策部署にいた事があるらしい。
 本日、幹部会が開かれるのは、五角形の建物の中心にある中央塔と呼ばれるところで、ここは五つの部署を取り仕切る中心部となっている。今回のように、中央政府対幻機関幹部会議が行われるのがいい例で、他にも五つの部署を総括するような設備が多くある。
 サクヤは中央塔へと向かうため、真っ白な壁で統一された巨大な通路を早足で進んでいた。通路というよりは、ほとんどホールであると表現したほうがいいかもしれない。五つの塔と中央塔をつなぐ一階部分である巨大な五角形の建物内は、所々に、パソコンルームやシステムコントロール室、また会議室やリフレッシュルームなどの施設があったりするが、ほとんどはホール並に大きいこの通路で占められている。それぞれの部署をつなぐエントランス部分のようにもなっているので、それぞれの部署に携わる隊員や研究員達が、普段から多く行き来している。
 中にはサクヤの姿を見て「なぜこんな所に子供が……?」というような目を向ける者もいたが、さっき正面ゲートを通った時のように呼び止められることはなかったので、サクヤはそのままずんずんと先へ進んだ。周りはほとんど大人しかいないので、学校の制服姿の子供が目立つのは、どうしても仕方がない。中央政府に足を踏み入れるのは久しぶりだし、それもなおさらだろう。
「……幹部会だし、このまま学校の制服で行くのはまずいか。面倒だけど着替えてから行くかな」
 サクヤは中央塔へと向かっていたところを、くるりと方向転換し、ファントム討伐・対策部署のある塔へと行き先を変更した。そこにはサクヤの私室がある。確か、幹部用の軍服の替えを置いていたはずだ。それを着ると余計に目立つ気もするのであまり着たくはないが、今日行われるのは最高幹部会である。備えるためにも、サクヤはとりあえず先に私室へ寄ることにした。

               *

「比奈瀬司令!」
 ファントム討伐・対策部の塔・最上階。そこにある自らの私室に入ろうと、サクヤが巨大な扉に手をかけたところで、すぐ近くで驚いた声が響いた。振り返るとそこには《ゴールドブレット》の隊員の一人、司令官補佐役を務める男の姿があった。
「お、国宮か。会うのは久しぶりだな」
 サクヤは男の姿を見るなり軽い口調で呼びかける。彼――国宮は、中央政府に常駐している司令補佐。ほとんど政府に姿を現さないサクヤに代わって、《ゴールドブレット》の任務成果を報告したり、政府勅命で受けた任務をサクヤに伝えたり、その他ちょっとした事務手続きや書類手続きなど、本来サクヤがやらなければならないことを、代行してやってくれている秘書のような存在でもある。もちろん、最終承認はサクヤの許可が必要なので、逐一彼とは連絡を取っていたのだが、こうして直接会うのは久しぶりだったりする。
「どうしたんですか。司令が中央政府へいらっしゃるなんて珍しいですね。言ってくださればお迎えに上がりましたのに」
 国宮は相変わらず驚いたままの調子で言った。サクヤがここにいることが相当珍しいようだ。
「いや、急遽来ることになったからな。連絡しなくて悪い。今日、中央政府対幻機関幹部会議が開かれるんだよ」
「! それでいらっしゃったんですね。なるほど、そんな噂も流れてましたが、やはり本当だったのですか。滅多なことでは開かれるものではないですから半信半疑だったのですが……」
 国宮は納得したように神妙な面持ちで頷く。
「あぁ。つーわけで、とりあえず私は着替えて幹部会に向かう。あとお前には、ちょっと調べてもらいたいことがあるんだけどいいか?」
「もちろんです。なんなりと」



 サクヤの私室は、部屋といってもそれだけで一軒の豪邸になるほどに、その規模と価値を誇っていた。扉を開けた最初の一部屋は無駄に広いことを除けば、一見なんの変哲もない応接室。 部屋の奥にはサクヤが座る安楽椅子とその前には巨大な机。机の上にはいくつかの書類の束が置かれ、本来ならここで部下の報告を聞いたりすることもあるはず場所だ。奥の壁一面には書物がぎっしりと詰まった本棚が置かれ、まさに司令官として任務をこなすための部屋といった感じだ。
 しかし、サクヤの私室はこの一室だけでは終わらず、この部屋にはまたいくつかの扉があった。 扉の先には、ベッドルームやリビングルーム、ダイニングルーム、シャワールーム等、通常生活する上で必要なもの全てが揃っており、その仕様もかなり豪華で広く、ここに住んでも全く不便さは感じられないどころか、逆に、住むのにはかなり適した環境だった。
 普段、司令補佐の国宮が入れるのは最初の応接室のみで、そこから先は全てサクヤ以外は入れないよう、セキュリティーロックがかかるようになっている。

 サクヤは奥の居住スペースのほうで軍服に着替えた。軍服の基調は白に、所々、幹部を表すカラーである黒とゴールドのラインが入っている。下がスカート仕様であることがなんだか納得できないが、コートのような長めの上着の丈にほとんど隠れるに近いその格好が、なぜか正装と定められている。
 深く考えても仕方ないので、それと同じラインの入った長いブーツを履き、最後に幹部の証であるゴールドのバッジを胸の辺りにつけたところで、サクヤは国宮が待っている応接室へと戻った。
「おぉ、やはりそのお姿が一番似合いますね、比奈瀬司令」
「……私はあんまり好きじゃないけどな、この格好」
 サクヤは国宮の褒め言葉に、どうでもいいような返事を返すと、安楽椅子にドンとおもいっきり座った。この格好をすると、どうも無駄に目立つことが多いような気がする。小さな子供が軍服、しかも幹部カラーを着ているのだから、それは当然なのかもしれないが。
「まぁそう言わずに。ところで比奈瀬司令、どうしても司令本人に目を通してもらいたい書類が溜まりに溜まっていますよ。この机の上の書類が全てそうです」
 国宮はサクヤの目の前に置かれている書類の束を指しながら言った。尋常でない数の報告書や提案書が山のように積もっている。
 サクヤはそれを見て心底げんなりとした。
「……おい、私はこれから幹部会だぞ? お前が適当にやっといてくれよ」
「ダメです。司令本人に目を通していただきたいものばかりですから。幹部会なら数日はこちらにいらっしゃるでしょう? 空き時間にお願いします」
「……そうは言っても空き時間だけでこの量は無理だろ。お前がやっても大丈夫だって」
「ダメです。それにここまで溜まったのは、比奈瀬司令がなかなか中央政府に姿を見せないからですよ。全部見ていただけるまで帰しませんから」
 かなり生真面目な性格である国宮はにべもなく言った。こういった性格だからこそ、補佐役を彼に任せられるわけだが、今回はそれがあだとなりそうである。真面目すぎる彼は、幹部会が終わった後もサクヤを逃がしてくれそうにない。
 サクヤはやれやれと大きなため息をつきつつ、最悪の場合、国宮の猛追を振り切ってでもここを脱出することを決意する。
「ところで、私に調べてもらいたいこととは、どういったことですか?」
「あー、それなんだが」
 サクヤは内ポケットから、プリントアウトされた一枚の写真と、小さく折り畳んだ報告書を取り出すと、国宮に見せた。
「お前も知ってるだろ、新しく《ゴールドブレット》の副官に派遣されてきた男だよ。情報収集処理部隊の千田にも一度調べてもらったんだが、まだちょっと気になることがあってな。こっちでも詳しく調査してほしい……こいつの経歴、ランク・能力、それから《ゴールドブレット》の副官に抜擢された理由とかな」
 国宮は渡された写真と、報告書を見ながらフム……と唸った。厳しい顔でそれらに目を通す。
「相楽シキ、ですね。……彼は最近、政府の勅命により選出された人材ですが、何か不都合でもありましたか?」
「……若干な。なぜ中央政府が奴を選んだのか、もしも奴を推した特定の人物がいるならそれを知りたい。今回私がここへ来たのはそれを調べるためってのもあるんだが、幹部会であまり時間を取れそうにないからな」
「わかりました。迅速に調査してみます」
 うん、頼む、と短く言ってサクヤは席を立った。まもなく幹部会が始まる時間だ。そろそろ中央塔に向かわなければ遅刻になってしまう。
「あ、比奈瀬司令……ちょっといいですか」
 サクヤが部屋を出ようとしたところで、ふいに国宮が呼び止めた。しかし呼び止めた後で、彼はなんだか少し躊躇したようにも見える。
「なんだ」
「あ、いえ、その……比奈瀬司令、……もう少し普段から中央政府に顔を出していただくことはできないでしょうか……。司令に直接指示を仰ぎたいこともありますし、全く顔を出されない状態だと、他の部署にも示しがつきませんし……」
 言いにくそうに、そして少し申し訳なさそうに国宮が言った。毎回電話だけでの指示では心許ない部分があるのだろう。サクヤに直接目を通してもらいたい書類が山のように積まれているところからも、それはある程度容易に想像できることでもある。
「悪いな。なるべく顔を出すようにはするつもりなんだが」
 サクヤも、少し申し訳なく思いながら言う。ほとんど不在である司令の補佐という役割はなかなかに苦労の多いものだろう。それはもちろんわかってはいたのだが、中央政府にはなるべく来たくはなかったため、どうしても足が遠のいていた。
「比奈瀬司令、……司令が中央政府にあまり顔を出したくない理由は、以前在籍した部署に関係があると話に聞きました。司令が以前在籍していた部署は、確か……《対幻武器》研究・開発部署、ですよね? そこで何か……」
「……何言ってやがんだ。そんな噂は信じるな」
 サクヤは不機嫌に国宮の言葉を遮った。それ以上は詮索するなと言わんばかりの表情で国宮を振り返る。
「この話は以上だ」
 それだけ言うと、サクヤは深く頭を下げた国宮をその場に一人残し、まもなく私室をあとにした。

               *

 サクヤが以前在籍していた部署――。国宮の言うとおり、確かにサクヤは以前《対幻武器》研究・開発部署に籍をおいていたことがあった。ファントムについて研究し、《対幻》となる武器兵器を開発したのも、元は、その時のサクヤの研究による功績だったりする。
 研究は得意分野だった。今、サクヤが持っている《対幻武器》も全て自分で開発したものであり、そのため武器の性質をよく理解し、扱いにも長けているため、それはサクヤの強さにも繋がっている。
 この部署には何も問題はなかった。研究自体も好きだったが、それよりも実戦を好むサクヤが、それまでの研究成果を残し、今の部署に移ったのだ。ただそれだけであり、サクヤが中央政府に対して不快に思う理由はここにはなかった。――それよりも、原因があるのはもう一つの部署。サクヤが《対幻武器》研究・開発部署の前に在籍していた部署に、その理由はあった。


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